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●距離は近いがエネルギー的には遠い「水星」宇宙航空研究開発機構(JAXA)は3月15日、日本初の水星探査機となる「水星磁気圏探査機(MMO)」をプレス公開した。MMOは、日欧共同の水星探査プロジェクト「BepiColombo」において、日本側が開発する探査機である。開発費は152億円。欧州側の「水星表面探査機(MPO)」とともに、アリアン5ロケットにて打ち上げられる予定。

なお打ち上げ時期については、このプレス公開時には「2016年度」とされていたのだが、欧州宇宙機関(ESA)から3月30日(現地時間)、「2016年7月から2017年1月に延期する」というアナウンスがあった。新しいターゲットは、2017年1月27日から始まる1カ月のウィンドウになる。水星周回軌道への投入は2024年1月で変更はない。

○水星は一番遠い惑星?

水星はご存じの通り、太陽系で最も内側を回っている惑星だ。「水金地火木…」の一番目ということで馴染みも深いが、その素性は案外、分かっていないことが多い。水星の周回飛行は、米国の探査機「メッセンジャー」が2011年に成功したのが初めて。それ以前は、40年も前に同国の「マリナー10号」が3回のフライバイ観測を実施しただけだった。

地球の隣にある金星や火星に比べ、これほどまでに探査の回数が少なかったのは、そもそも行くのが難しかったからだ。

地球の公転軌道から水星の公転軌道まで向かうためには、かなり大きな減速が必要。また、減速して近日点を下げ、それで水星軌道に到達したとして、そこから周回軌道に入るためには、ここでまた大きな減速が必要になる。都合の悪いことに、水星は小さいので重力が弱い。かなり減速しないと、周回せずに飛び出してしまう。

これほどの減速を行うためには、大量の燃料が必要になる。これが現実的な規模に収まらなかったことが、水星の周回探査が何十年も実施されてこなかった原因だ。JAXAの早川基BepiColomboプロジェクトマネージャは「距離は近いがエネルギー的には遠い」と表現。水星周回に必要なエネルギーを外側に使えば「太陽系を脱出できるほど」だという。

ではどうしてこれが実現できたのかというと、惑星による減速スイングバイを上手く活用できるようになったからだ。MPO/MMOは打ち上げ後、地球で1回、金星で2回、水星で5回と合計8回ものスイングバイを実施。そのため約7年という長旅になってしまうが、現実的な燃料で、水星の周回軌道に辿り着けるようになった。

MPO/MMOの2機の探査機は、「電気推進モジュール(MTM)」「MMOサンシールド(MOSIF)」と結合した「MCS(Mercury Composite Spacecraft)」という構成で打ち上げられる。MCSは水星到達まで、MTMのイオンエンジンで航行。8回のスイングバイで水星との相対速度を十分に落とし、役割を終えたMTMを分離、最後はMPOの化学エンジンを使って、水星周回軌道へ投入する。

軌道について詳しく説明すると、それだけで1本の記事になってしまうので、ここでは省略したい。興味があるようなら、以下のサイトが参考になるだろう。

・惑星探査のテクノロジー 第2回 軌道計画の技(ISASニュース)

化学エンジンの噴射で徐々に高度を落とし、MMOの観測軌道(近水点590km、遠水点11,600km、周期9.3時間)に到達したらMMOを分離。その後、MPO単独でさらに高度を下げていき、MPOの観測軌道(近水点480km、遠水点1,500km、周期2.3時間)に向かう。

ちなみにMOSIFは、MMOを覆う"日よけ"である。これが必要なのは、MMOとMPOで姿勢制御の方式が異なるからだ。MMOは4秒で1回転(15rpm)するスピン安定方式で、MPOは三軸制御方式。MMOは回転することが前提で熱設計されているため、三軸制御になって太陽に1方向から炙られ続けると都合が悪い。

ところが、MPOが三軸制御のため、MPOとの結合時にはその三軸制御になってしまう。水星近傍の強烈な太陽光で機体が壊れるのを防ぐために、MMOの周囲をMOSIFで覆って、日光をブロックしているのだ。なおMMOの分離後、MOSIFは不要になるので、MPOからは切り離される。

●MMOにおける最大の技術的課題とは?○銀色に光り輝く探査機

MMOの形状は、直径1.8mの円に内接する8角柱。上面中央にはハイゲインアンテナが立っており、これも含めた高さは約2.4mとなる。重さは約280kgだ。

火星探査機「のぞみ」は約540kg、金星探査機「あかつき」は約500kgだった。これに比べると、MMOはかなり軽い探査機だと思われるかもしれないが、注意して欲しいのは、MMOには軌道制御用のエンジンや燃料が搭載されていないこと。燃料を含まない重量(ドライ重量)で比べればほぼ同規模で、のぞみ(約256kg)よりは重いくらいだ。

MMOにおける最大の技術的課題は、水星での高温環境にどう対応するかということだ。水星は最も太陽に近い惑星であるため、非常に熱い。その軌道上では、太陽光の強度は地球の10倍以上にもなるという。探査機内部への熱の流入を抑えることができなければ、探査機はあっという間に壊れてしまうだろう。

通常、探査機や衛星は金色の「MLI(多層断熱材)」で覆われている。MLIで熱の移動を遮ることで、熱くなりすぎたり冷えすぎたりすることを防いでいるのだが、水星は熱すぎるため、MLIでは耐えることができない。

そのため、MMOの外周部には、「OSR(Optical Solar Reflector)」と呼ばれる鏡が貼られている。このOSRは、ガラスに銀蒸着を施したもので、太陽光を反射して熱入力を抑えつつ、ガラスから放出する赤外線で内部の熱を外に逃がすことが可能。通常の探査機や衛星でも、放熱部で使われているのだが、それを全面に適用したというわけだ。

ただし、探査機の外部を完全にOSRで覆ってしまうわけにはいかない。太陽電池、アンテナ、センサーなどは外部に露出する必要があるからだ。

太陽電池は、MMO本体の上半分に貼られているのだが、OSRと違って熱を吸収してしまう。この熱が探査機内部に伝わるのを避けるため、じつはこの裏側は空っぽ。探査機の"中身"が入っているのは、じつは下半分のみなのだ。厚さ30cmの円盤内に機器を詰め込んだわけで、かなり高密度な実装だと言えるだろう。

そして太陽電池の裏側の面にはOSRが貼られており、吸収した熱を宇宙空間に放出する。それでも、太陽電池の表面温度は230℃になってしまうそうだ。

MMOで最も高熱になる場所はハイゲインアンテナ(HGA)である。探査機本体はスピンしているため、日向と日陰の繰り返しで熱的にある程度マイルドになるのだが、HGAは通信のため、常に地球に向ける必要がある。そのため、逆回転するモーターでスピンが止められており、アンテナの温度は最高400℃にもなると予想されている。

これほどの温度になると、アルミでは強度が維持できない。そこで、アンテナの裏面には、チタンの薄板とセラミック繊維のメッシュで作られた特殊な多層断熱材を採用した。なおHGAは白色に塗装されているが、これも熱の吸収を抑えるための工夫だ。

そのほか、OSRが使えないような場所にはMLIも採用されているが、色は金色ではなくグレーだ。これは、観測上の要求により、探査機表面に絶縁物を出せないためで、MLIの最外層には導電性のあるゲルマニウム蒸着ポリイミドフィルムが使われている。黒では無くグレーなのは、少しでも熱の吸収を抑えるためだ。

なお、MMOに軌道制御用の推進系は無いが、姿勢制御用のコールドガスジェットスラスタは搭載されている。側面の2基×2組(主系/従系)はスピンアップ/ダウンに使い、底面側の2基(同)は回転軸の制御用だ。燃料は窒素で、2年分として4kg搭載する。

●日欧の力を結集して実行されるBepiColombo計画○水星が惑星科学の重要な鍵に

BepiColombo計画では、欧州のMPOが水星の表面と内部を、日本のMMOが磁場・磁気圏をそれぞれ観測する。MMOには観測装置として「MPPE(プラズマ粒子観測装置)」「MGF(磁場観測装置)」「PWI(プラズマ波動・電場観測装置)」「MSASI(大気分光撮像器)」「MDM(ダスト検出器)」が搭載され、1年間の観測を実施する予定。

MMOには、MGF用の5m伸展マスト(2本)と、PWI用の15mアンテナ(2本×2組)が搭載される。これらは打ち上げ時には収納されているが、水星周回軌道への投入後に展開する。

水星でまず興味深いのは磁場の存在である。地球型惑星で磁場を持つのは地球と水星のみ。金星や火星には無いことが分かっている。惑星が磁場を発生させるためには、内部に溶けた金属核があって、それが対流することが必要だ。しかし、水星は小さいため、早く冷えやすい。すでに中心まで冷えてしまい、磁場は無いと考えられていたのだが、マリナー10号の観測で磁場が見つかり、その"常識"が覆された。

しかも、水星の磁場で特徴的なのは、地球のように南北対象ではなく、北にかなり偏っていることだ。一体どんな内部構造であればこのようになるのか。メッセンジャーが周回観測を行ったものの、同機は北半球側で接近し、南半球側で離れる楕円軌道であるため、南半球側の詳細観測が不可能だった。そのため磁場の原因については、未だに大きな謎として残っている。

これに対し、MMOの軌道は南北対称。また、MPOと2機で同時観測することで、宇宙由来の磁場を取り除き、水星の磁場だけを正確に計測することが可能だ。JAXAの藤本正樹BepiColomboプロジェクトサイエンティストは「これは非常に面白い問題なので、たとえメッセンジャーの観測結果の"追試"ということになっても、絶対にやるべき」と述べ、水星最大の謎の究明に意欲を見せる。

そして、水星を調べることで分かるのは、水星のことだけではない。「水星からの惑星科学を目指す」(藤本氏)のだという。

我々の太陽系は、内側に岩石質の地球型惑星があり、その外側に巨大なガス惑星、さらに外側には氷惑星という層構造をしている。他の太陽系を知らなかった時代には、比較対象がないため、これを一般的なものとして、太陽系形成の理論モデルを考えるしか無かった。しかし現在、数千個もの系外惑星が見つかっており、中には水星よりも内側を回る木星クラスの惑星もあった。我々の太陽系の形は、決して"当たり前"では無かったのだ。

水星には磁場のほか、「揮発性物質が多い」という謎もある。太陽に近いと温度が高く、揮発性物質はガスとなって逃げ、早く無くなってしまうはずだ。ところが、水星には揮発性物質が予想より多く、金星、地球、火星のトレンドからは大きく逸脱している。もっと遠い場所で誕生し、現在の位置に移動してきたという可能性もあるそうだが、現在まで、理由は分かっていない。

こういったことを調べると、4つの地球型惑星がどうやって形成されたのか、大きなヒントになるかもしれない。BepiColombo計画が立ち上がった当初は、「ただ不思議だから行こう」という感覚だったのが、惑星の多様性が分かってきたことで、現在は「すごく重要な情報を与えてくれるに違いない」と、問題意識が大きく変わったそうだ。同時期にスタートしたメッセンジャーに大きく先行されたものの、遅れて良かった面もあったわけだ。

MPO/MMOの水星到着まであと9年。観測結果が出てくるのはまだまだ先であるが、非常に楽しみなところだ。

ところでMMOという名前についてだが、ちょっと「味気ない」という意見もある。「はやぶさ」のような愛称を付けるかどうか、可能性はあるものの、現時点では未定だという。過去にも、日米の共同計画だった磁気圏尾部観測衛星「GEOTAIL」のように和名がなかったケースもあるが、「ESA側が混乱してもいけないので、相談しながら考えたい」(早川プロマネ)ということだ。

(大塚実)