いまや国内外で注目を集める純米大吟醸酒「獺祭」(だっさい)。蔵元の旭酒造の桜井博志社長(64)は、多額の負債を背負いながらも、伝統を刷新することで新たな日本酒造りを模索してきた。ノンフィクションライター・高川武将氏がその復活劇がいかなるものだったかを解説する。

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 杜氏は農村からの出稼ぎで冬場だけ酒造りに勤しむ。社員の夏場の仕事にしようと、錦帯橋近くに開業した地ビールレストランが3か月で閉鎖、年商2億円と同額の負債を抱えてしまう。

 その冬、杜氏たちは戻ってこなかった。経営危機の噂を聞き、他の酒蔵に移ったのだ。桜井の脳裏に再び自殺の二文字が過ぎる。だが、追いつめられた桜井は、長年の思いを実行に移した。杜氏制度を廃止したのだ。

「酒造りは素人の若手社員4人と、完全に社員で造っていこうと。もう誰にも遠慮する必要はない。自分が一番いいと思う酒を、造りたいように造ればいい。そのために、杜氏の技術をもう一度理論的に検証しながら数値化、データ化していくのが一番いいと」

 背景には杜氏制度への疑問があった。「これは大方の業界人から大反発を食らう話ですが」と前置きをして桜井は話した。

「社長になった頃から杜氏の変質を感じていました。高齢化して後継者も少ない。楽に長く高給を取ろうと守りに入る。若い蔵人は春に村に戻れば農作業の仲間ですから、厳しいことを言えない。人材が育たず、手抜きが出る。農村の疲弊や衰退と共に杜氏制度も限界が来ていた。技術の伝承を杜氏たちに任せるのは酷で、彼らの酒の弱点、欠点を越えることを目指しました」

 思い切った試みは、常に摂氏5度の環境を保つ酒蔵で年間通して酒を造る「四季醸造」という画期的なシステムも生み出した。米は山田錦、酒は純米大吟醸一本。仕事を単純化したことで目標が明確になった。毎年品質は上がり、売り上げは飛躍的に伸びていった……。だが、素人でもデータ化によって旨い酒が造れるとすれば、技術の伝承とは一体何なのだろう。

「日本酒は日本人の民族性の極致だと思います。室町時代の文献を元に酒を造ると、今のものとは似ても似つかないものになる。それを雇われ人の杜氏たちが、何百年もかけて自ら工夫、改革、改善してきた。ヨーロッパは奴隷制度があった名残か、労働者はたくさんいても、そこまで努力はしませんよね。よくワインは500年前と製造法が変わらないからいいと言いますけど、逆に進歩していないとも言える。でも、日本酒はずっと変わり続けている。そこに一つの真骨頂があります。

 ワインは料理とマリアージュすると言います。歪なもの同士の調和がかみ合う時もあれば、反目することもある。日本酒はちょっと違うんです。どんな料理とも対立しない。寄り添う、包み込む。それは日本の文化、歴史、社会と共に育まれたからですよね」

 桜井は伝統を捨てたのではない。むしろ伝統を守るために、やり方を変えたのだ。

※SAPIO2015年5月号