自由民主党公式サイト「自民党について」より

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 自民党と安倍官邸が放送法の「公平の原則」(フェアネス・ドクトリン)をタテにテレビ局に対して執拗な圧力をかけ続けている。4月17日には自民党の情報通信戦略調査会が"I am not ABE"問題でテレビ朝日の幹部を呼びつけ、事情聴取するという異常事態にまで発展した。ちなみにこの調査会には「やらせ」問題が浮上しているNHK幹部もついでに呼ばれているが、自民党の狙いはテレビ朝日への圧力にあるというのがもっぱらの評判だ。

 政権にとって都合の悪い報道を見つけては「偏向している」と決めつけ、放送法を持ち出し、クレームをつけるというのが常套手段になっている。ところが、実は当の自民党がかつて放送法の「公平の原則」を撤廃しようとしていたことがあるのをご存知だろうか。

 2004年7月頃のことだ。自民党は直前の参院選で議席を減らし、民主党に逆転された。この年の政界は国会議員の年金未納問題がクローズアップされており、麻生太郎、中川昭一、石破茂の3人が「未納三兄弟」などと揶揄され、連日、テレビのワイドショーを賑わせていた。自民党はこうした一連の報道が選挙に影響を与えたものと分析した。

 そこで議論されたのが、なんと「公平の原則」の"徹底"ではなく"撤廃"だったというのだ。いったいどういうことなのか。同年7月20日付の毎日新聞が詳しいので引用しよう。

〈自民党が、メディアの政治的中立を定めた放送法を改正する方向で検討を始めた。同法の「政治的公平条項」を削除し、党の見解などをアピールする専用チャンネルを設けたり、特定の政治的立場にある放送局でも新規参入を認めることが狙い。8月中にも放送法改正案をまとめ、秋の臨時国会に議員立法での法案提出を目指す。公明党にも同調を呼びかける考えだ。
 自民党では昨年9月の総裁選や同11月の衆院選に対する報道への不満から、党幹部が特定のテレビ局に「出演拒否」した経緯がある。党内には今年初め、CS放送に独自のチャンネルを開設し、党の広報番組を24時間独占放送する構想も浮上した。しかし、放送法の「政治的に公平であること」(第3条の2)に違反する疑いがあり、具体化しなかった。
 しかし、参院選で獲得議席が民主党を下回ったことを受け、党内には「メディアの姿勢を批判するだけでは足りない。もっと党をPRする方法を考えるべきだ」(13日の総務会)などと、メディア戦略の見直しを求める意見が再燃。放送法自体の改正に向け、所管する総務省などと具体的な調整に入った〉

 ようは、テレビ局にいくらクレームをつけても言うことを聞かないから、この際、CS版「自民党チャンネル」のような自前の放送局をつくってしまえ、と。そのためには放送法の「公平の原則」が邪魔になるので削除しよう、という発想だ。なんとも自分勝手でご都合主義な面もあるが、実は方向性としてはある意味正しい、とも言える。

 なぜなら、いまの自民党や安倍政権が金科玉条のごとく掲げる放送法の「公平の原則」は、先進民主主義国の常識ではもはや時代遅れシロモノだからだ。

 そもそもなぜ、テレビは公平中立でなければならないのか? 現行の放送法で番組の不偏不党や政治的公平、両論併記が定められているのは、放送電波が有限で、限られた事業者にしか放送免許が与えられていないという事情がある。しかし、技術の進歩でケーブルテレビや衛星放送が始まり、デジタル技術によって100を超える多チャンネル時代に突入した現在、世の中がこんな状況になっているのに、すべてのテレビ局に「公平の原則」を押し付けるのは価値観の多様性を削ぐことになりはしないか、というのが普通の民主主義国の考えだ。

 事実、安倍晋三首相が信奉するアメリカでは1980年代に放送法の「フェアネス・ドクトリン(公平の原則)」が撤廃されている。連邦裁判所が「公平の原則」は憲法で保障された「言論の自由」を侵害すると判断したためだ。連邦通信委員会は「視聴者が多様な意見に接する機会を確保する」ためフェアネス・ドクトリンを廃止した。以後、放送局は政治的中立にとらわれることなく、独自の価値判断で報道できるようになった。ルパート・マードック率いるFOXテレビが露骨な共和党寄りの報道ができるのもこのためだ。

 安倍首相が大好きな"同盟国"のアメリカが30年以上も前に捨てた「公平の原則」を、政権批判の封じ込め、自己防衛のために振りかざすとは、極めて恥ずかしい、知的レベルの低い話である。しかも、当の自民党自身が10年以上前に撤廃しようとしたものなのだ。ところで、前述のCS版「自民党チャンネル」と放送法改正の話はいったいどうなったのか? 全国紙政治部デスクがこう解説する。

「いつの間にか沙汰やみになったと聞いています。一時はかなり盛り上がったのですが、CSといえども放送局を立ち上げるとなると莫大な資金がかかる。しかも、いったい誰が24時間放送の番組をつくるのかというところで壁にぶち当たった。結局、『自民党チャンネル』自体は、いまニコニコでやってますからね。『放送法』には手をつけず、今回のようにテレビ局への恫喝の道具に使ったほうが得だという判断なんでしょう」

 実際、この10年を振り返っただけでもテレビの政治報道は激減している。とくにワイドショー系の番組で政治ネタ、とくにスキャンダルが取り上げられることがなくなった。以前なら、ちょっと思い出すだけでも、前述の年金未納問題を始め、第一次安倍政権時代は事務所費問題、消えた年金問題などが連日のように報じられていた。それがいいのか悪いのかは別にして麻生太郎首相時代の漢字読めない問題や小沢一郎の「政治とカネ」もしつこいくらい取り上げられていた。

 それがここ最近はパッタリだ。「週刊文春」(文藝春秋)が特報した下村博文の違法政治資金問題も、「週刊ポスト」(小学館)がスッパ抜いた高市早苗の「消えた1億円」疑惑も、まったく触れようとしない。そのくせ政権与党に呼ばれればのこのこ出かけていって、頭を下げる始末だ。"アベさまのNHK"とはよく言われることだが、もはやすべてのテレビ局がアベジョンウンに忠誠を誓う北朝鮮国営放送と化してしまったと言ってもオーバーではない。
(野尻民夫)