小林可夢偉インタビュー 後編

 2015年、F1のシートを失った小林可夢偉は日本のスーパーフォーミュラ(SF※)に参戦することを決めた。
※全日本選手権スーパーフォーミュラ。フォーミュラ・ニッポンを引き継ぐ形で2013年にスタート。日本国内最上位の自動車レースカテゴリー。昨年の王者である中島一貴ら元F1ドライバーも参戦中。

 2009年に飛び込んだF1の世界で、トヨタ撤退後も可夢偉は独力で生き抜いてきた。昨年はケータハムで苦渋のシーズンを過ごしはしたが、ザウバーで3位表彰台を獲得する(2012年鈴鹿での日本GP)など、その速さと思い切りの良い走りはF1でも認められていた。

 戦い慣れたF1を去り、12年ぶりに日本復帰。そこには単純な「速い・遅い」を超えた次元の難しさがある。そして可夢偉自身、「F1をあきらめたくない」という気持ちと「国内のモータースポーツを盛り上げたい」という気持ちの狭間で、最後まで揺れ動き続けた。レースの世界から遠ざかることさえ、選択肢のひとつだった。それでもSF参戦へと可夢偉を突き動かしたものは何だったのだろう。

「やらなかったら一生後悔するやろな、と思ったんです。ここでレースをやめたりすると、それはズルい気がして......」

 そう考えた可夢偉は今季、日本に戻ってくることを選んだ。他のドライバーたちを圧倒する速さで独走勝利を連発する――ファンが期待するのは、そうした豪快なレースだろう。

 しかし、可夢偉は言う。

「そんな甘いもんじゃないですよ。そんな夢みたいなことを考えてもしょうがない」

 昨年末に岡山国際サーキットで初めてSFのマシンをテストドライブした際、可夢偉はこう語っていた。

「面白かったけど、思ったよりもパワーがないんで、すごいグリップカー(車格に対してアンダーパワーでタイヤのグリップが勝っているマシン)やなっていう感じ。タレないし、ミスをして滑ってもダメにならないし」

 つまり、F1のようにタイヤをいたわりながらドライビングする必要がなく、心おきなく攻めて走ることができる。多少のミスがあっても許容してくれるタイヤだと可夢偉は言いたかったのだ。しかし、3月に鈴鹿と岡山でテストを重ねて、このカテゴリーで戦うことの難しさが分かってきたという。

「タイヤの使い方ですね。走ってるなかで、状況変化にどれだけ対応できるかが課題です」

 テストで何十周と走り込んでも、このタイヤで何年も走り続けてきた他チームのドライバーに比べ、可夢偉のタイヤに対する理解度は遠く及ばないのが現状だ。

「"いちばん良い状態"に常に持っていけるわけじゃない。だから、"このへんやろな"っていうのをエンジニアと一緒に感覚的に見極めてセッティングしていって、そのまますぐに予選、決勝。みたいな流れですからね。

 テレメトリー(車載センサーからデータを収集してリアルタイムでピットに送信するシステム)がないぶん、ひとつひとつのセッティング変更に時間がかかるし、ある意味、想像でセッティングをしていかなきゃいけない。F1はフリー走行の時間が長いし、データも十分にあったからセッティングを煮詰めることができたけど、スーパーフォーミュラでは完璧に煮詰めた状態で戦えるかどうか分からないんです。

 チームにもおおよそのデータはありますよ。でも、ドライバーが感覚をつかんでいないと話にならない。レース本番ではフリー走行が1時間しかないし、タイヤも1週末で3セットしか使えない。ほとんど"行ってこい"で走るだけやからね。かなり厳しい条件じゃないかなと思っています」

 また、F1と違ってタイヤウォーマーを使わないSFならではの難しさもある。

「F1ではウォーマー頼りでタイヤを温められていたんですけど、(ウォーマーがない)スーパーフォーミュラでは違う感覚なんです。グリップのピークをつかむのが難しいとかじゃなくて、ピークを発生させるのが難しい。コツがあるみたいなんです。それが何なのか、まだ分かってない状況ですね。路面温度が変わったときのバランスの変化とかは、まだ経験が十分じゃないし、暑いコンディションは経験してないですし」

 はっきりと言葉にはしないが、可夢偉は我々が想像するよりも未知なことだらけのまま開幕戦に臨もうとしている。だからこそ「甘くない」と言うし、全戦全勝など「夢のような話」と言う。それは自信のなさの表れではなく、自身が置かれた状況をよく理解しているということだ。

 それでも、昨年末のルーキーテストではトップタイムを連発し、3月のテストでも常に上位に名を連ねた。可夢偉の速さがSFに参戦するドライバーの中でトップクラスにあることは間違いない。問題はタイヤを理解するための時間が必要ということだ。

「練習時間が長いと、あそこ(トップタイム近く)まで持って行けるんですけど、状況が変わってくるとまだ対応力がないなって思います。学ばなきゃならいないことはたくさんあります」

 ただし、未知数というのはネガティブな意味だけではなく、どれだけ伸びるかも未知数であるというポジティブな意味もある。シーズンの経過とともに可夢偉の適応能力が磨かれていくはずだ。

「適応しないといけないですよね。どのくらい時間がかかるのかまったく分からないですけど。シーズン序盤が苦しいかどうかもまだ分からない。開幕して走ってみたら意外といけるかもしれないですし」

 もちろん、下位に沈むつもりなど毛頭ない。ともにマシンづくりを進めてきたチームルマンと山田健二エンジニアは、日本のモータースポーツ界において定評のある面々だ。

「ボロッボロになるようなことはないんじゃないかな。あとは、いかに予選一発のタイムをしっかり出せるか。予選に関して、このクルマは感覚というか勘というか、そういうものに頼らなきゃいけない部分もありますが、予選で前に行ければ、あとは決勝でなんとかという感じですね」

 可夢偉に、4月18日・19日に迫った鈴鹿での開幕ラウンドの目標を尋ねると、「表彰台に行けたらラッキーかな、くらいの感じ」と控え目に答えた。ファンは開幕戦から独走勝利を期待している。そう投げかけると、可夢偉は言った。

「いやいやいや(笑)、ハマればいいけど、それまでがなかなか大変やから。もし開幕戦でいいレース展開になったとしても、それはうまくハマっただけであって、毎回っていうことは絶対にないと思います。良いときもあるけど悪いときもある。うまくハマればいいけど、ハマらないときの落ち幅は大きいんです。それに、日本のサーキットを知らないんで、常に最高のパフォーマンスを発揮することは、現状では難しいやろなとも思う」

 しかし可夢偉は、だからこそ「チャレンジしがいがある」と言う。

 F1ではマシン性能とチーム力がものを言う。ドライバーは限られた範囲で最善を尽くす。言い方を換えると、マシン性能とチーム力に左右される部分が大きい。しかし、ワンメイク(車体とエンジンは全チーム同じ)のSFでなら、ドライバーの力量次第で頂点を目指すことができる。

「ここ何年か、ドライバーの能力で戦う部分が少ないなかでレースをしてきた。だけど、スーパーフォーミュラでは自分の力で大きく変えられる部分があるから、そこでしっかりチャレンジをして、結果を残すっていうことをやりたいんです。たいへんなことですけど、それが1年目でできたら、意味のあるシーズンになるかなと思ってます」

 困難が待ち受けていることは覚悟している。F1経験者という自身の名に傷がつくこともあるかもしれない。しかし、それでも立ち向かうことを決めたのは、可夢偉が常に前を向き、上を目指す人間だからだ。

「今、自分がドライバーとしてピークにあるかどうかは、僕にも分からないです。でも、チャレンジしがいがあるかどうかで、まだまだ伸びていくもんやと思ってます」

 戦いの舞台をSFに移した2015年、可夢偉がどんな進化を見せてくれるのか楽しみにしたい。

【profile】
Kobayashi Kamui
1986年9月13日兵庫県生まれ。
1996年にカートレースデビュー。2001年にフォーミュラ・トヨタレーシングスクールのスカラシップ生に選出され、02年ヨーロッパカート選手権に参戦。
その後、フォーミュラトヨタ、フォーミュラルノーなどを経験し、06年からF3ユーロシリーズにステップアップ。
08年からF1直下のカテゴリーであるGP2に戦いの舞台を移すと、09年にはF1第16戦ブラジルGPにトヨタのドライバーとして参戦。
いきなり9位入賞の力走を見せると、続く第17戦アブダビGPでは6位を獲得。これが評価され、10年はザウバーのレギュラードライバーとしてフル参戦。
11年、12年はザウバーで活躍。12年日本GPでは3位表彰台を獲得した。
13年はF1シートを獲得できなかったが、14年はケータハムと契約。
15年はスーパーフォーミュラ参戦が決定している。

米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki