建築家の豊田啓介が、3Dモデルから実現した「マツダ CX-3」のデザインプロセスに迫る

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デジタルデザイナーとクレイモデラーの活躍によって、2月に発売された「マツダ CX-3」はエネルギッシュなフォルムを得ることができた。日本におけるコンピューテーショナル・アーキテクチャの第一人者である豊田啓介が、デジタルとアナログのコンビネーションから生まれたそのデザインプロセスを、建築デザインの視点から探る。Mazda Designの秘密に迫る、3回シリーズの第2回。

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豊田啓介 | KEISUKE TOYODA(写真左)
東京大学工学部建築学科卒業。安藤忠雄建築研究所を経て、コロンビア大学建築学部修士課程終了。アメリカのSHoP Architectsを経て、2007年より東京と台北をベースにnoizを蔡佳萱と共同主宰。http://www.noizarchitects.com/

松井貴宏 | TAKAHIRO MATSUI(写真中)
マツダのデジタルデザイナー。クレイモデラーとして経験を積んだ後、デジタルモデラーとして量産デザイン開発に従事。2007年からマツダオーストラリアに駐在し、フォードとのジョイントプログラムにてデジタルモデリング リーダーを担当。2011年からデザイン本部アドバンスデザインスタジオに配属され、デジタルデザイナーとしてコンセプトカーのMazda SHINARI、Mazda TAKERIなどを担当する。その後CX-3のアドバンスデザインを担当。

竹蔵素明 | MOTOAKI TAKEKURA(写真右)
CX-3を担当したマツダのクレイモデラー。デザイナーとして初代プレマシーやCX-9のエクステリア/インテリアを担当。2007年から2010年まで欧州の研究開発拠点「MRE」に駐在し、次世代コンパクトカーを表現したコンセプト「マツダ清」のデザインなどに関わる。

躍動感とスピード感のあるシャープなボディフォルム。マツダのニューモデルCX-3の特徴的なデザインは、デジタルデザイナーの松井貴宏が描いたイメージ3Dスケッチから始まった。

この段階であれば手描きレヴェルのことが多いが、松井はデザインの特徴をよりリアルなフォルムとして明示するため、最初から3Dスケッチで制作したところ、驚くことにいきなりOKが出た。これほど初期の段階でGOサインが出るのは、きわめて異例のことであった。

松井が描いた3Dスケッチをもとに、実際に粘土を使って立体化していく作業を担ったのはクレイモデラーの竹蔵素明だ。クレイモデラーの仕事は、ただデジタルデータを立体化するのではなく、デザインの意味や魅力をしっかりと理解したうえで、実際のクルマのニュアンスに近づけることが求められる。そのため、コンマ数ミリという微妙な調整を延々と繰り返し、1年以上の月日をかけてようやく最終型へとたどり着いた。

デジタルデザインだからこそできるダイナミックな描画と、緻密な手作業だからこそ表現できるクレイモデルの造形。お互いこだわったのは、「人の手の温もり」だという。

デジタルとアナログのコンビネーションによって生まれたCX-3のデザインプロセスを、建築家の豊田啓介が紐解く。

マツダデザインチーム x クリエイター 3回シリーズ
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豊田啓介(以下、豊田) デジタル技術を使ってデザインする部分と、クレイモデルを使う部分が、どこでどう絡み合って、どうお互いにフィードし合うのか、すごく興味があるところなので、ぜひそこを伺えればと思っています。クルマをデザインするにあたって、まずはコンセプトやテーマといったものの理解があって、そこから次はスケッチを描く作業に入っていくのですか?

松井貴宏(以下、松井) そうですね。ざっくりとしたプロセスの話をすると、最初から大人数がアサインされてつくっていくわけではなくて、徐々に人数が増えていくような感じです。スケッチを描くタイミングで関わる人数がだんだん増えていって、そうやってできた複数のスケッチの中から絞り込みを行って、選ばれたものをクレイモデラーがスケールモデルとしてつくっていきます。

竹蔵素明(以下、竹蔵) あそこにあるCX-3のクレイモデルはフルサイズですけど、最初のイメージをつくるときは小さいモデルでいろいろな形をトライしたほうがいいので、4分の1のモデルをつくっています。

豊田 スケッチって、どれくらいのレヴェルのものなんですか? 建築界には、いわゆる巨匠スケッチというのがあって、いつも一緒に仕事をしている担当者でなかったら何を意味しているかよくわからないものからつくることもよくあります。

松井 われわれも最初はクルマではなくて、動きや塊を抽象化したオブジェとしてスケッチを描いています。そこでデザインの肝となるテーマを見つけて、徐々にクルマに近づけていきます。量産デザインのステージでは当然クルマとしてスケッチを描いていますが、そのテーマがしっかりと描けていることが重要視されるので、やはり多少のデフォルメは入っていますね。

豊田 クルマをつくることって、線ひとつとっても本当に微妙だし、そこにものすごい労力をかけていることがよくわかるからこそ、3Dモデルとクレイモデルの部分でどういうやりとりをしているのか気になります。特に最初の段階では、異なる専門家の間でイメージを精度高く共有していくってなかなか難しいですよね。ちなみに、次のステップへ行くときの判断はクレイですか?

竹蔵 はい。データの中でいいと思っても、最終的には形でちょっと見てみようかという話になりますね。だから、いったんはフルサイズまでつくったんだけど、やっぱりもう一度スケールモデルからやり直さないといけないくらいの大きな変更があったときもありました。

松井 そういう意味では、今回のCX-3はいままでにはないパターンで、3Dモデルの段階である程度の合意が得られて、このデザインでいこうということが決まったんです。だいぶ早い段階で共有のベースがつくれたので、そこから先がぶれずに、デザインのクオリティをよりよくしていくことに集中できました。普通であれば、デザインを直しつつ、完成度も上げていくという作業なので、それに比べると意識の共有はスムーズだったと思います。

豊田 どうして今回はそれができたのですか?

松井 このプロジェクトに限ったことでいえば、まったく新しいものをつくろうとした部分と、とにかくスタイルのいいものをつくろうという部分が、デザイン的に無理なく織り込めるパッケージングだったので、上手くかみ合い、それを絵としてではなく、いきなりリアルな立体として提案できたことが大きかったように思います。

竹蔵 あの3Dモデルを見たときのインパクトは本当に大きかったです。インテリアチームにしても、エクステリアチームにしても、あのスケッチを見て、すごくいいと直感的に思いましたね。どうにかしてこのデザインテーマを最後まで繋げていきたいという意識が持てたので、ぶれることがなかったし、何をすればいいのか、やるべきことがよく見えていました。

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松井が手がけたCX-3のこの3Dモデルから、竹蔵が重要なエッセンスを抽出しながらクレイモデルを制作した。



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マツダが理想とする「人の手の温もりを感じるデザイン」に仕上げるのも、クレイモデラーの役割だ。

すべての工程をデジタル化する可能性はない

豊田 このクレイモデルの土台ってどうやってつくったんですか?

竹蔵 これは鉄骨のフレームがあって、その上にベニヤを張って、ウレタンを積み上げています。

豊田 ベースは主にデータからNCミリングで成形するんですか?

竹蔵 する場合もあるし、手で全部の断面を切っていく場合もあります。

豊田 手作業の場合もあるんですね。ちなみに将来的に手作業のクレイモデルの制作はやめて、すべての工程をデジタルモデルで進める可能性はないんですか?

竹蔵 ないですね。

豊田 ないと断言する理由は?

竹蔵 機械でもある程度の形は描けるんですけど、最終的にわれわれが製品として出していくものに関しては、やはり人の手が触れて、人の手の温もりが感じられるものであるべきだと思います。

豊田 さすがにまだこれを3Dプリンターで一度に出すことはできないですけど、可能性としては、部分的に出していって、うまくやればそこそこのものができますよね?

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3Dデータから起こしたモデルには、細部の曲面にいたるまで、松井のデジタルデザイナーとしてのこだわりが詰まっている。

松井 単に綺麗な造形をするとか、そういうことはできると思うんですけど、われわれが「魂動」というデザインテーマのもとで、生命感をもって、人の気持ちに刺さるものをつくっていこうとしている以上、すべてデジタルの中で完結してしまうとそこがうまく表現できないんじゃないのかなって思います。ぼく自身、デジタルデザイナーという立場でやっていますが、ここで言うデジタルは、いろいろな可能性を広げるためのツールであって、それだけで完結させることには執着していない。もちろんデジタルにも温かさみたいなものは表現できるし、気持ちみたいなところも込められると思うのですが、それでもいまのマツダのデザインは、最終的に人の手によって伝えた温もりといった部分がどうしても必要なんです。

豊田 それはクレイモデルで最後の微調整をやることでしか入ってこないと。

竹蔵 最終的な形の良し悪しを抜きにすれば、データで完結することは問題なくできます。ただ、マツダという会社は昔から現物主義というか、形を見ないとみんな納得しない文化がある。実際につくったクレイモデルを見て、いいねってみんなが納得して、それをデータ化して最終的な形に移していくというステップを大事にしているので、そこがなくなるとは思えないですね。

松井 感覚の話になるかもしれないですけど、家を建てるとして、設計から加工まですべて機械でできたとしても、壁の仕上げは熟練の左官職人の手で仕上げたという感じでしょうか。デジタルを否定しているのではなくて、たとえ技術的にすべてデジタルでできたとしても、いまのマツダが人の手の温かさみたいな部分を大切にしているかぎり、やっぱりそこはこだわっていきたい。

竹蔵 精神論と言われるかもしれないですけど、やっぱり実際につくっていて、自分の手でクレイを盛りつけて、形を仕上げていくことによって、すごく気持ちも入っていくんですよね。なので、最終的な製品になったときに、その作業は確実に人の手の温かさとして伝わるんじゃないかなと思っています。少なくともわれわれはそう信じながらつくっています。

豊田 なるほど。建築の場合だと、もともと粘土とか模型でつくっていた世界が、最近ではデジタル技術によって、3Dモデルとしてできるようになっています。建築は大きいので、実物のクレイモデルをつくれない。だから、それを表現するためにもデジタル化するのは必然だったとも言えるわけですけど、クルマってやっぱり本質的に全部が形として扱える大きさなので、そこがすごくうらやましいなと思います。

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クレイモデラーの職人技で、最後の0.1ミリまでこだわって車体のデザインを仕上げていく。

竹蔵 調整する単位でいえば、クルマのクレイモデルだったら0.1ミリ、0.2ミリを調整したりもするんですけど、建築は物自体が大きいので、その差がかなり出ますよね。

デジタルによってクレイモデルが効率的につくれるようになった

豊田 そうなんですけど、日本のいまの建築では、10階建てのビルを建ててもほんの数mmしか誤差のない非常に高い精度の施工を実現できるんです。ただその精度を支えているのは優秀な現場の職人の仕事です。それが人口減や現場仕事の不人気の結果、以前のような質は担保できなくなりつつあるのです。そのため、デザインから施工までデジタル技術で通して制御するほうが、現場に頼るよりも高い精度を実現できるということが起き始めているのです。そのため、さきほども伺いましたが、 より技術的に制御しやすいスケールの自動車業界でもすべてフル3Dでガシガシやっちゃって、人為的な誤差が極力入らないようにしないのかなって気になるんですよ。

松井 たしかに一時期はそういう流れになったことはあったと思います。いまから15年くらい前でしょうか。そのころは技術もどんどん進歩しているし、デジタルを使える人間も増えて、そっちが盛り上がったことがあったけど、結局、マツダは現物主義にこだわった。現物のデザインを見て、それを共有するほうが理想的だと考えたんです。

竹蔵 その当時はミルマシンなんかもかなり普及し、デジタル化も進んできて、そうなったときにクレイモデラーっていらないんじゃないかという話もあったんです。クレイモデルはつくらなくて、最終的に全部データで確認しておしまいになるという話もありました。でも、いまは減るどころか、デジタルを使うことによってクレイモデルが効率的につくれるようになったから、むしろ増えている状況です。むかしは手ですべて再現するので、1台つくって精一杯だったところが、いまは2台、3台とつくれる。マツダの場合、とにかくそうやって現物をつくってチェックするので、デジタルでプロトタイプをつくってさっと検証するときもありますけど、ちゃんと形をつくって見るという場面では必ず人の手が入ったクレイモデルをつくります。

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竹蔵のツールボックスの中は、使いやすいようにカスタマイズされた道具が揃っている。



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「自動車と建築のデザインとの共通点を探るなかで、逆に多くの異なる点を見つけることができた」と豊田は言う。CX-3のウェブサイトでは、本記事と連動して、豊田が対談を通して得た気付きを掲載している。

なぜクルマは、どれも同じようなデザインになるのか

豊田 建築とプロダクトを考えるうえで、個人的に興味を持っているのが、カスタマイズの可能性です。建築って全部が一品生産だから、住宅メーカーがいくら大量生産しようとしても、敷地などの与条件が違うので、カスタム化をせざるを得なくて、なかなか大量生産に持っていけない。その点、クルマは何十万台生産してなんぼの世界で、カスタマイズがしづらい。そこにデジタル技術みたいなものが入ってくると、原理としてはよりカスタマイズがしやすい環境にはなってくるはずなのに、クルマの場合、なかなかそうはいかないですよね。例えば、プロダクトだと、オンラインで自分の好きな仕様にカチャカチャ動かすと、それが生産されて出てくるみたいなことが、コストにそんなに影響させずにできる。カヴァーの色を変えるとかではなくて、もう少し本質的な形の部分で、パーソナライズできる可能性を考えたりしていますか?

松井 可能性としてはなくはないと思いますけど、クルマの難しいところは、生産性の問題と、何よりも国による法規の問題が大きいんです。ドライバーの安全に関わるものなので、法律がかなり厳しくて、それこそランプが1つではなくて2つあるのも、そういう部分に関連して決まっています。最近だと、どのメーカーのクルマもノーズが大きくなってきて、「何でみんな似たようなデザインなの?」と思われているかもしれませんが、それも安全基準をどんどん高くしていくと、どうしてもああいった形になるのです。そうならないように各メーカーともできる範囲で必死に差別化を図っている状態ですね。

豊田 インパクトだけ考えて、未来のクルマみたいなものを描こうとすると、明らかにいまのクルマと違うものを描きたくなるのが一般的な発想ですけど、それこそテスラが出てきたとき、見た目は普通にクルマだなと思ったんですよ。

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もちろん世界中の法規の問題をクリアしなければならないという理由もあるが、「クルマのデザインには、本質的に美しい形というものがある」と松井は語る。

松井 クルマって独特で、本当にクルマが好きな人だったり、そういう人たちからいいクルマだねと言われているものはある共通のイメージ像があって、それが電気自動車になっても、自動運転の時代になっても、本質的なところでいいとされている形は変わらないんじゃないかという気がしています。だから、テスラがあんなにコンサバティヴな形をしているのは、クルマとしての本質の美しさを理解したうえでつくられているからだと思うんです。

豊田 ぶっちゃけた話をすると、ぼくはいわゆる20世紀的というか、伝統的な建築のつくり方を叩き込まれてきました。そのカウンターとして、ほかに何ができるのかということを常に意識していて、コンピューテーショナル・デザインによる建築やものづくりをあえて実践しているわけです。だから、デジタルデザイナーとクレイモデラーという立場で、おふたりがどういうふう考えているのか、すごく興味があります。

松井 ぼくもモデラー出身で、クレイに対して美学を持ってやってきました。デジタルデザイナーになってしばらくは、便利で効率のよさだけが追求されている気がして、デジタルで創造することに疑問をもった時期もありましたが、そうじゃなくて、クレイモデラーとして培った美学や感覚をデジタルという形に置き換えてやっていくことで、可能性が無限に広がり、これからもっともっと面白いものができるんじゃないかなって思っています。

竹蔵 長いクルマづくりの歴史の中で培われてきたものって各メーカーそれぞれあって、ここだけは崩しちゃいけないという部分が必ずあると思うんですよ。何か新しいことをしようという姿勢は大事ですけど、それによってそのメーカーの核となる部分を外してしまっては意味がありません。ぼく自身、そうやってつくって失敗したことはけっこうありました。「魂動」ができてからは、より人の手の温もりが重要視されています。デジタルが描く曲線を、温もりのあるものにするのはやはり人の手だし、その部分にこだわるから、マツダのデザインの独自性があるんだと思います。

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クレイモデラーにとっては、道具の手入れも重要な仕事だ。

鼎談を終えて、豊田啓介が語る「デジタルとアナログの両立」
[2人がデザインした「マツダ CX-3」の詳細はこちら]

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