2015年シーズン第3戦の中国GPが終わり、初の2台完走にマクラーレン・ホンダのスタッフたちは安堵の表情を見せた。開幕戦オーストラリアGPは、1台が完走できただけで御の字。第2戦のマレーシアGPでは実力を発揮する前に2台ともリタイア。そして、中国GPは現状のパワーユニットの性能をほぼすべて使い切って完走を果たした。

 しかし、ホンダの新井康久F1総責任者は険しい表情を崩さなかった。

「完走くらいで喜んでいる場合ではない」

 新井の胸に重くのしかかっていたのは、2台が完走したからこそあらためて目の前に突き付けられた現実だった。マクラーレン・ホンダは、中団グループのライバルとほとんど戦うことができず、1周遅れの12位・13位フィニッシュ(ジェンソン・バトンはペナルティで14位に降格)に終わった。

「今の実力はこの辺にあると言えると思います。だからこそ、他のチームとの差をはっきりと突きつけられた。周りから見れば2台完走してよかったねという感じかもしれませんが、まだまだと感じています」

 そう言って新井は口を真一文字に閉じた。

 パワーユニットのトラブルの予兆を発見し、壊れる前にリタイアを決断したマレーシアGPの後、ホンダはターボチャージャーと信頼性確保のための改良をFIAに申請し、それが認められて中国GPへと持ち込んできた。さらに、パワーユニットの制御を司(つかさど)るデータセットの面でも、ここまでの2戦よりアグレッシブな使い方を可能にしてきた。

 その甲斐あって、金曜には上々の滑り出しを見せ、完璧なタイムアタックでなかったにもかかわらず、FP-1(フリー走行1)では13位と17位、FP-2(フリー走行2)では10位と12位のタイムを記録した。トラブルフリーで、チームとしても予定どおりの走行プランをこなすことができたという。

「外からは中で何が起きているのか理解するのは難しいだろうけど、中にいれば確実に進歩していることが感じられるし、チームはとても良い雰囲気だ。レースごとに大きく進歩していける、エキサイティングな状況だからね」(ジェンソン・バトン)

 しかし、土曜日の走行が始まってすぐに異変は起きた。

 FP-3開始直後にコースインしたフェルナンド・アロンソのマシンから白煙が上がり、異変を感じ取ったアロンソがすぐにコースサイドに停めた。パワーユニット本体に大きなダメージを負う前に止めた判断は賢明だったが、チームはマシンの修復作業に追われることになった。

 ホンダは点火システムの不具合としているが、作業の様子を見る限り点火プラグの交換を行なっており、何らかの熱負荷によってプラグが溶解した可能性は否定できなかった。いずれにしても、FP-3以降はエンジンの音がバラつき、金曜のようなパフォーマンスを発揮できなくなったことは確かだった。

「ドライバーは、マクラーレンの方がコーナリングで速いと言っているし、GPSデータ(どのマシンがコース上のどこをどのくらいの速度で走行しているかを表示する)を分析してもそれは確か。ここのターン7のような空力が効くコーナーでは彼らは速い。遅いのはエンジンパワーが乏しくストレートが伸びないためだ」

 マクラーレン・ホンダのライバルであるフォースインディアのあるエンジニアはそう証言する。メルセデスAMG製パワーユニットのカスタマーユーザーであるフォースインディアは、1発勝負予選ではパワーをベストの状態に切り替えて走ることでアドバンテージを得ている。だが、パワーユニットへの負荷を考えると、ロングランの決勝でそれを使うことはできない。そのためマクラーレンも、決勝ではフォースインディアら中団グループと互角に戦えるのではないかという期待が、わずかだがあった。

 とはいえ、新井は大きく状況が変わるとは思っていなかった。決勝で初入賞を期待することもできるのではないかと問い掛けると、かぶりを振った。

「淡い期待は抱かないでください。我々はまだ長い旅路のスタート地点に立ったばかりですから......。順位はどうあれ、まずは2台揃って完走することが最優先事項。そして、データを十分に収集しないと」

 アロンソもまた、中国GPでしっかりと走り込むことを望んでいた。2月のテストで負傷し、冬の間にほとんど走ることができなかったばかりか、開幕戦を欠場して、復帰戦マレーシアGPでは22周でリタイア。まだまだMP4-30を「手なずけた」とは言えないからだ。

 決勝レース中盤、アロンソは無線で訴えた。「オーバーステア(リアが不安定になる状態)が酷い! 金曜日に同じような問題はあった?」。レースエンジニアのマーク・テンプルからの返答は「NO」。空力セットアップが予想外の方向に影響を及ぼし、アロンソのマシンはバランスが悪化していた。それもこのマシンでの走行経験が少ないがゆえの事態だった。

「ウインターテストで十分に走り込めなかったし、開幕2戦でリタイアもあった。フェルナンドにとって実質的に今回が初めてのロングスティントだった。他チームはテストで膨大な距離を走り込んでセットアップ作業を煮詰めてきているけど、我々はまだ学習の途中というわけさ。そういう意味ではレース毎に前進しているし、これからだね」(マット・モリス/エンジニアリングディレクター)

 今季初の完走を果たしたアロンソに、笑顔はなかった。レース後のエンジニアミーティングが終わった後も、ミーティングルームに残ってエンジニアと疑問点を議論し続けていた。

「(成功を収めるまでには)きっと長い時間がかかるだろう。まだ開幕から数戦の段階でしかない。ただ、最後尾で周回遅れになるようなレースはもうそれほど続かないだろう。もう少し前でレースを楽しめるようになると思っているよ」(アロンソ)

 2台完走。パワーユニットの信頼性については、これで一定の目処(めど)が立ったと新井は語る。ここからがようやく、パフォーマンスを追求する本来の戦いの始まりだ。

「ウインターテストがようやく終わったという感じですかね。ようやくこれから仕事に入るかな、という感じです」

 そう明言する新井に、中国GPで突き付けられたトップと約2秒という差の理由はどこにあるのかと問うと、パワーユニットの出力差を一番に挙げた。

「どこかの報道にマクラーレン・ホンダはメルセデスAMGより100馬力劣っているって書かれていましたよね(苦笑)。他メーカーがどのくらいパワーが出ているのかは分からないけど、そう書かれたらそれを目標にするしかないですよね。我々は技術の方向性は間違っていないと思ってやっているし、まったく疑っていないんです。絶対にコンペティティブ(互角に戦えるよう)になると自信を持っています。細かなところの積み重ねで、100馬力アップを目指すだけです」

 彼らは今、ようやく長い旅路のスタート地点に立ったのだ。

米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki