松陰の妹を妻にした男の明治維新

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「松陰の妹を妻にした男の明治維新」(富澤秀機、徳間書店)

政治記者が書く政局の人間模様は新聞記事の華である。大義を掲げ徒党を組む政治家。陰謀あり、裏切りあり、政局では人間の本性はむき出しになる。政治記者も生き生きとし、読者は記事の行間を読んで政治ドラマを楽しむ。

この手法で幕末・明治維新の大政局を書いたらどうなるか。著者の富澤秀機は日経新聞の元政治記者。舞台回しの主人公に、松下村塾で吉田松陰の盟友であり、後に松陰の妹、寿(ひさ)と文(ふみ)の姉妹二人と結婚することになった楫取素彦(かとりもとひこ)に焦点を当てた。旧体制を倒し新しい時代を切り開いた長州(山口県)の反幕勢力の動きから、明治の殖産、富国の源流となった上州(群馬県)へと舞台を移して維新前後の政局を描いた。二つの地域をつなぐのが楫取素彦である。

「花燃ゆ」文の夫、楫取素彦を追いかける

吉田松陰は明治維新の精神的指導者であり、安政の大獄に連座して29歳で処刑された悲劇の思想家として、いまもファンがいる。

2015年1月に始まったNHKの大河ドラマ「花燃ゆ」は、松陰のもとに集まった群像を描いている。主人公は松陰の妹、文。演じるのは井上真央、そして、楫取は大沢たかおである。

文が最初に結婚したのは、松下村塾から尊王攘夷運動の先頭を走る久坂玄瑞(くさかげんずい)だが、25歳で自刃して果てる。再婚したのが楫取素彦だった。

この本の前半は、松下村塾の志士たちの動きを中心に幕末の動乱から明治政府が出来ていく様子を、政局ドラマのタッチで描いている。幕末の著名人たちが立ち上がる大義、その人間関係はかつての自民党の派閥抗争のように入り組み、離合集散を繰り返していく。江戸や京都の中央抗争だけでなく、松下村塾周辺の村の姿も描いている。

松陰門下の高杉晋作、久坂玄瑞らが果てた後、明治政府の中心に生き残った長州の志士たちが座り、村塾出身の伊藤博文、山県有朋らは首相になった。

明治中央政府の腐敗に嫌気さす

しかし、楫取素彦は長州へ戻ってしまう。権力を握った伊藤や山県など中央政府の腐敗に嫌気がさしたのだと書かれている。長州の仲間たちが説得して、「地方から国をつくるためなら」と赴任した先が群馬県の県令、今の知事だった。

群馬は生糸生産の中心地となる。世界遺産となった富岡製糸場はその象徴だが、群馬から横浜港を経て積み出される生糸は、日本の財政を支える太い柱だった。

吉田松陰には、失敗の連続男という厳しい評価もある。「テロリストだった」という書籍すら最近出版されたが、著者は倒幕にのめり込まず、松陰らの行動をクールに描き、明治政府が出来た後の中央政治、行政を冷徹に見ている。

この本が言いたいのは、長州は確かに新しい政府をつくった、しかし、その後の日本の基盤をつくったのは上州群馬の産業、経済人だったというところにある。著者は前橋高校の出身で、一線を退いて故郷に帰り、地域の資料を探し、整理分析して著書に盛り込んだ。日経新聞の記者だった著者の、「経済が国をつくる」という視点が底流にある。