『はっちゃん、またね 多発性骨髄腫とともに生きた夫婦の1092日』(池沢理美/講談社)

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今月1日発売のBE・LOVE8号から『はっちゃん、またね 多発性骨髄腫とともに生きた夫婦の1092日』の連載が始まった。作者は『ぐるぐるポンちゃん』や『オセロ』で知られる少女漫画家の池沢理美さん。“はっちゃん”こと、夫の加賀八郎さんは、ジャニーズ事務所に所属していたロックバンドTHE GOOD-BYEのベーシストだ。加賀さんは2010年に多発性骨髄腫であることを告白。2013年7月2日に亡くなっている。今作は池沢さんが匿名で書き続けた「夫が多発性骨髄腫になりました」というブログをベースにしたエッセイコミック。
加賀さんの眠る祐天寺で、池沢さんに話をうかがった。

◆診察室が暗く感じた

──第1話は、医師の告知シーンが印象的でした。ブログでは「医師の言葉はクールで怖いです」と書かれていましたよね。
池沢 突然「多発性骨髄腫です」「生存は24か月から36か月です」と言われ、とにかく動揺してしまいました。「ちょっと待って ちょっと待って ちょっと待って」って。「はい はい」って聞きながら、頭の中は「まさか」という思いがぐるぐるとまわっていました。蛍光灯が一個くらいしかついていないんじゃないかというくらい診察室が暗く感じたのを覚えています。後日行きましたが全然そんなことなくて驚きました。
──その日、病院から自宅に戻るまでのことを覚えていますか?
池沢 はっきり覚えています。車をとりに行った時はすでに夜遅くて病院も終わっていました。長時間止めていたので「駐車場代、高!」って思ったんです。
──変なことを鮮明に覚えていたりしますよね。
池沢 そうなんですよ。割引券ないよ…とか思ったりして。そんなこと考えちゃう自分も嫌でした。病室の値段を聞いた時も、本当は部屋が空いているのに病院の作戦なんじゃないかという考えが頭をかすめたりしたんです(笑)。

◆どこにでもいる一組の夫婦として

──なぜブログ「夫が多発性骨髄腫になりました」を書こうと思ったのですか?
池沢 最初はノートに書き留めるのでも良いかと思っていました。けれど突然告知をされて何もわからない中、同じ病気の方達のブログを見て様々な情報を得ることができました。書いておくことの大切さ、読むことができるありがたさを実感したので、自分も残さなきゃいけないと。
──長年匿名で書かれていましたよね。
池沢 漫画家とかミュージシャンとかどうでも良かったんです。多発性骨髄腫を発症した旦那さんを持った、ひとりの妻からの視点で書きつづっていけば十分。この病気のことを知りたい人だけが辿りついてくれればいいと思っていました。
──旦那さんを支えながらブログを更新するってかなり大変だと思うのですが、続けられた理由は何だったのでしょう?
池沢 体調が安定していた時はちょっと投稿が少なくて、悪くなると増える傾向がありました。不安や「どうしよう!?」という気持ちを抱えながら、症状や検査の数値を書いていました。記録することが吐き出す方法の1つだったのかもしれません。「一緒にがんばりましょう」とブログにコメントをつけてくださる方もいて、励まし合う事ができたのも大きかったですね。はっちゃんと3日違いで同じ病気の告知を受けた方と知り合うきっかけにもなりました。その方は今もがんばってらっしゃいます。

◆「がんばってるよー! いけるよ、皆ー!」と言いたかった

──漫画化にあたり、考えていたのとは違った方向になってしまったとブログに書かれていました。当初はどのように考えていたのですか?
池沢 この漫画を描こうと思ったのは、ちょうどはっちゃんの体調が良くなって復活ライブが決まった頃。2年3か月前くらいのことです。これが成功したタイミングで、同じ病気の方や闘病生活を送っている方に「がんばってるよー! いけるよ、皆ー!」と言いたかった。けれどそれから半年後、彼は亡くなりました。変な話、バッドエンドになってしまったんです。
──そこで、いったん企画が頓挫してしまったんですね。
池沢 はい。励ますという当初の目的を達成できるのか…と。私自身、亡くなる直前の彼の姿をとても絵にはできないと思っていました。あまりに辛くて…。でも私が漫画家である以上は漫画のかたちで、絵にして残したいという思いが捨てられませんでした。そこで別冊フレンド時代の担当編集さんに連絡をしたんです。打ち合わせを重ね、BE・LOVEさんでの連載が決まりました。

──描く上で少女漫画とエッセイコミックの違いを感じることはありますか?
池沢 ずっとストーリー漫画を描いてきたので、緩急をつけて見せ場をつくるクセがあるんです。話の組み立て方はあまり変わっていないですね。けれど大袈裟に描きすぎると嘘になってしまうし、淡々と事実だけを連ねていくのもちょっと違う。そういう点でエッセイコミックはバランスがとても難しいと感じています。
──ルポ漫画ではないですもんね。
池沢 そうなんです。事実に私の見解だったり感情だったりを盛り付けていきたいんです。あと「これだけはいれなきゃ」っていうのがあるんですけど、描きたいものがありすぎて四苦八苦しています。順調に進行が遅れていますね(笑)。
──絵に関してはいかがですか?
池沢 自分が出てくることですね…! はっちゃんはイケメンに描きたくなってしまって、振り返るとちょっとやりすぎたかなと思っています。普通の少女漫画の絵で描いているコマもあるので、自分の旦那をこう描くかと。この漫画ははっちゃんのお友達がたくさん読んでくれているんですけど、きっと笑ってると思います。「八郎、こんな風に描かれてるぜ」って(笑)。
──おふたりのブログを拝見すると、お互いの話題がたくさん出てきますよね。BE・LOVEにも手をつないでいる写真が載っていてキュンキュンしました。
池沢 そうなんです、仲良しなんですよ(笑)。

◆屁をこくアイドル

──加賀さんが飲み会で人に向かっておならをしたのを、池沢さんが「アイドルのくせにー!」とツッコミを入れていたお話はとても微笑ましかったです!
池沢 全然飾らない人だったんですよ(笑)。実際のところ、本人も自分をアイドルだなんて思っていなかったようです。音楽がやりたくて、たまたま声をかけられたのが野村義男さんのバンドで、ジャニーズだったというだけ。祐天寺の石屋の息子で職人の家育ちということもあり、口調も“てやんでぇ”みたいな人でした。
──2話のネームを拝見したんですが、加賀さんが池沢さんを叱って励ますシーンはすごくカッコ良かったです。
池沢 いかに本気で楽しむかを大切にする人なんですよ。「立場とは経験とか関係ねぇ。とにかく楽しもうぜ」って一事が万事そういう感じでした。
──病気になって初めてみた顔はありますか?
池沢 あまり変わらなかったですね。ずーっと飄々としていたというか。病気の知識は私が集めてくる係で、彼は「んー今日は腰がいてー」とか病気の症状に対して受け入れて過ごしていました。だからといって生きる気がないのではなく、「死なねぇぞ。生きていくぞ」っていう気は満々でしたけどね。そこは彼らしいかなって気がします。弱音もほとんど吐かなかったので、もう少し言ってくれても良かったのにと思います。言ってもしゃーねーって思ってたのかな〜? 「僕がいなくなっちゃったら君は生きていけないでしょ」とよく言っていたので、私のことを思ってのことかもしれません。
──少女漫画のようですね!
池沢 そうなんです。「だから君よりはやくは死ねない」って。「はっちゃん、嘘ついたね〜?」って思ってるんですけどね(笑)

◆妻から夫へのラブレター

──連載が決まり、3年間の闘病生活を振り返って、あらためて感じたことはありますか?
池沢 残酷だったけど、とても幸せな時間でした。調子が良ければ車椅子で近くのお店に行き、ふたりで飲んでるのが1番楽しいよねって言ったりして。それまでも一緒にいたので、変わらないと言えば変わらないですけど、より濃密だったかな。すごく大切に過ごすことができたなと思っています。
──最後に読者の方へのメッセージをお願いします。
池沢 この漫画は闘病記です。でも妻から夫へのラブレターでもあります。のろけながら描かせてもらっていますが、すいません、読んでください、ですかね(笑)。
──加賀さんがカッコ良く描かれていたらのろけてると思っていいですか?
池沢 本当すみません!

『はっちゃん、またね 多発性骨髄腫とともに生きた夫婦の1092日』の第2話は本日発売のBE・LOVE9号に掲載されている。1話は公式ホームページにて無料公開中だ。

『はっちゃん、またね 多発性骨髄腫とともに生きた夫婦の1092日』第1話はコチラ
BE・LOVE9号  [雑誌版] 、 [Kindle版]

池沢理美(いけざわさとみ)
1962年3月18日生まれ。2000年、『ぐるぐるポンちゃん』で第24回講談社漫画賞受賞。昨年デビュー30周年をむかえた。昨年デビュー35周年だった日大芸術学部サークル『熱血漫画根性会』の先輩である阿部ゆたかと2人展を開催予定。
「阿部ゆたか×池沢理美2人展35周年&30周年anniversary」(5月14日〜20日/吉祥寺リベストギャラリー創にて)
(松澤夏織)