■アスリートWATCHing〜腕時計から見るスポーツの世界

 春はスポーツの入れ替わりの時期。野球やJリーグ、F1などが開幕する一方で、ウィンタースポーツが徐々に閉幕していく。

 2014-2015シーズンのウィンタースポーツも、大いに盛り上がった。スキージャンプ・ワールドカップでは高梨沙羅が、女子選手としては前人未到の30勝を達成。残念ながら総合2位に甘んじたものの、第一人者としての存在感を示した。さらに、かつてのお家芸にも復活の兆しが見えており、ノルディックスキー複合・ワールドカップでは、渡部暁斗が総合2位を獲得している。

 快挙が続いたのはスノーボード。最高峰の大会であるUSオープンにて、角野友基がスロープスタイル、平岡卓がハーフパイプでそれぞれ優勝し、平野歩夢もハーフパイプで3位。層の厚さをアピールした。

 しかし、現在の日本におけるウィンタースポーツの華と言えば、何といってもフィギュアスケートだろう。先日、上海で行なわれた世界選手権では、羽生結弦と宮原知子がそれぞれ銀メダルを獲得した。16日からは東京で国別対抗戦が開催される。

 それにしても、ここ数年は日本フィギュアスケート界の黄金期が続いている。次々と実力とスター性のある選手が登場し、人気スポーツランキングの上位に食い込むようになってきた。となれば、スポンサーもたくさん集まるようになるのは当然の成り行き。世界選手権の中継を見ていても、リンクサイドには日本企業の看板が目立っていた。

 このスポンサー群の中で、最もフィギュアと深く関わっているのは、選手をCMに起用している企業ではない。実は時計でお馴染みの「シチズン」こそが、フィギュアスケートの影のサポーター。ISU(国際スケート連盟)が主催するフィギュアスケートの大会のスポンサーを、なんと1982年から続けているのだ。

 そもそも時計に限らず、企業がスポーツのスポンサーを務めるのは、競技の注目度の高さを利用して、自らの知名度を高めようとするのが狙いだ。しかし、シチズンがフィギュアスケートのスポンサーを始めたのは1982年。当時の日本フィギュアスケート界の人気と実力は、残念ながら現在ほど高くなかった。

 佐野稔が1977年の世界選手権で日本人初の銅メダルを獲得し、1979年には渡辺恵美も世界選手権にて銅メダルを獲得しているが、優勝争いに絡む選手が何人もいた訳ではなく、それ以降は低迷していた。つまり、それほど注目されていないタイミングでスポンサー活動を始め、そのまま今日へと至っているということ。シチズンには、"先見の明"があると言ってもいいかもしれない。

 シチズンの時計製造も、"先見の明"の連続だ。

 シチズンが掲げている「BETTER STARTS NOW」というブランドステートメントが意図するのは、「今をスタートとして、何かを積み重ねて行けば、より良いものを作ることができる」という信念。多局式電波時計や光発電技術、チタン素材、人工衛星電波など、時計業界における標準技術の多くは、実はシチズンが研究開発を重ねた上で実用化させている。

 たとえば、人気モデルの「エコ・ドライブ サテライト ウエーブ F100」は、スピード感が作りだすユーザービリティにこだわった。人工衛星の電波を受けて時刻を修正し、リュウズで都市を選んで時差を設定し、ハイスピードモーターで針を素早く動かすというメカニズムも、早くから開発を進めてきた技術を練り上げ、積み上げてきた結果である。

 他方、日本フィギュアスケート界も、"天才"の力に頼るのではなく、練習施設やコーチの充実などの周辺環境を整えることで少しずつ力を蓄えてきた。つまり積み重ねた努力が、現在の隆盛を生み出したということになる。

 日本フィギュアスケート界の歩みとシチズンの姿勢は、非常に似ている。30年以上ものパートナーシップから生まれた信念の共有が、お互いを刺激し合っているといえるだろう。

篠田哲生●文 text by Shinoda Tetsuo