65歳のTさんは、夜の10時には床に就き、翌朝5時に起床している。昨年、厚労省が11年ぶりに「睡眠指針」を改訂し、最適な睡眠時間について「10代前半は8時間以上、25歳は7時間、45歳は6.5時間、65歳では6時間程度」といった数字を示した。Tさんは、それを実践しているのだ。

 しかし、新たに示された睡眠指針にとらわれ過ぎは間違いだという専門家もいる。
 『ここぞという時に力が出せる睡眠の3鉄則』(主婦と生活社)の著者で医師・作業療法士の菅原洋平氏は、同著書の中でこう述べている。
 「適切とされた睡眠時間に合わせようとして、眠れないのに無理に寝ようとするのは逆効果です。夜眠くなったのに、無理やり起きているのも体に悪影響を与えます。そもそも睡眠は、一律に何時間取ればOKというものではありません。年齢だけでなく季節によっても必要な時間は変わるし、個人差もあります」

 つまり目安にするのは単純な睡眠時間ではなく、「起床から4時間後に眠くなるかどうか」なのだという。
 人間には「睡眠-覚醒」の生体リズムが備わっていて、起床から4時間後に脳が最も活発になるようにプログラムされている。そのタイミングで眠気が来る場合は、睡眠が不足しているということ。これさえチェックしていれば、今の睡眠時間が自分にとって適切かどうかを確認することができる。
 例えば、夜10時に寝て朝6時に起きる人が、午前10時に眠くなるのであれば、8時間寝ていても睡眠は足りていない。“量”は満たしていても“質”が悪いということだ。

 東京社会医療研究所・村上剛主任はこう語る。
 「睡眠は、眠り始めから最初の3時間の深さが重要なのです。睡眠が不足していると、多くの人は単純に“量”を稼ごうとして生体リズムを崩してでも睡眠時間を確保しようとします。休日に寝溜めしようと、3時間以上も昼寝をする人もいる。しかし、これは睡眠と覚醒のリズムを崩してしまうので逆効果になってしまうのです」
 すなわち、睡眠が足りていないなら、起床時間は変えずに普段より少しだけ就寝時間を早めること。1日5分早めるだけでも、1カ月で計2時間30分も多く眠れる計算になる。これを繰り返していけば、リズムを崩さずに慢性的な睡眠不足を解消することができると、村上氏は言う。

 厚労省が示した「睡眠指針」では、こうした努力が伴わないと、中高年者は睡眠不足に陥り、動脈硬化や血糖値まで高めるリスクが起きるといわれる。さらに、4時間半という短い睡眠が4日以上続くと、うつ病や前立腺がん、乳がんの発症リスクも上昇する--。これを知れば、いかに深刻な問題が潜んでいるかがわかるだろう。
 「糖尿病にしても、短い睡眠の人は、血糖値が正常な人でもインスリンの作用を受ける細胞の感受性が悪くなる。さらに健康な若者を対象とした海外での実験でも、睡眠時間を4時間にしただけでブドウ糖の処理能力が落ち、わずか1週間で初期の糖尿病患者と同じレベルの高血糖状態になったという医療報告があります。健康な若者でさえそうなのに、健診のたびに“血糖値が高い”と指摘される中高年者は一晩でも危険ということになります」(前出・村上氏)